節分の由来や意味とは?豆まきの作法・やり方・落花生を使う理由を解説

節分(せつぶん)は、日本の代表的な風習のひとつです。
豆まきや恵方巻きなど、とても楽しみですよね。

でも、伝統行事としてなんとなく過ごしていませんか。
節分の意味や由来もわかりませんよね。

そこで、このページでは節分の意味や由来、節分でおこなわれる習わしのやり方などについて詳しく紹介していきます。

節分とは「季節の分かれ目」の意味がある

節分 煎り大豆と鬼面

まずは節分の意味から説明していきますね。
節分とは「季節の分かれ目」という意味です。

日本には、春夏秋冬の四季がありますよね。

そのため、じつは節分は年に4回あります。
季節の始まりは、立春・立夏・立秋・立冬と呼ばれます。

そして、立春・立夏・立秋・立冬のそれぞれ前日が節分です。

季節の変わり目には邪気が生じると考えられていた

もともと日本では、季節の変わり目には邪気が生じると考えられていました。

そのため4回の節分では邪気払いの儀式が行われるようになったのです。

この節分に邪気払いをする儀式は、飛鳥時代に中国から伝来したといわれています。

1年のはじまりである春を迎える節分が最重要だった

4回ある節分の中でも、立春の前日の節分=冬と春の変わり目となる節分がもっとも重視されていました。

昔の日本は、1年の最初の季節を春としていました。

そのため1月が春の始まりになります。

立春が1年の始まりと考えていたため、その前日である節分に、1年の厄や邪気を払って、新しい年を迎えようとする儀式をおこなったのです。

そして、しだいに春を迎える節分のみがおこなわれるように変化しました

旧暦時代の節分・立春は毎年変わっていた

日本では、明治5年以前は「旧暦(きゅうれき)」を使用していました。

旧暦は月の動きを元にしたものですが、立春・立夏・立秋・立冬などは「二十四節気(にじゅうしせっき)」というもので、太陽の動きを元にしたものです。

月の動きと太陽の動きではズレが生じるため、旧暦の時代は節分・立春は毎年日が変わっていました。

そのため、大晦日・正月と節分・立春の2度、新年の行事があったのです。

節分の邪気払いの習わしも、新年の行事の一環だったんですよ。

現在の暦(カレンダー)は、二十四節気と同じく太陽の動きを元にしたものです。

そのため節分は毎年同じ2月3日、立春は2月4日となっています。

節分の豆まきの作法・由来について

節分 煎り大豆

節分といえば真っ先に連想されるのが、豆まきです。

お子様がいる家庭では豆まきを楽しみにしているのではないでしょうか。

幼稚園や保育園で行事として行われていたり、有名な神社・仏閣では著名人を招いて盛大に豆まきが行われたりします。

スーパーやコンビニでも、豆まき用の豆が販売されている光景を目にしますよね。

ここからは、節分の代表的な行事である豆まきが行われる理由を紹介していきます。

節分での豆まきのやり方

まずは、節分で豆まきをするやり方・手順について書きますね。

なお、豆まきのやり方・手順は地域によって異なる場合もありますよ。

まずは、豆を用意してください。
スーパーやネットなどで購入しましょう。

全国の多くの地域では、炒った大豆を使用します。

豆まきの手順は以下の通りです。

  1. 家のドア・窓をすべて開ける
  2. 奥の部屋から、外(玄関)に向かって「鬼は外」といいながら豆をまく
  3. まいた部屋の窓や戸を閉める
  4. 部屋の出口(玄関側)から部屋の中に向かって「福は内」といいながらまく
  5. 奥の部屋から順にすべての部屋でおこなう
  6. 最後に玄関から外に向けて豆をまく
  7. 玄関から部屋の中に向かって豆をまく
  8. 落ちた豆を拾って、年齢(数え年)の数だけ食べる

昔は、一家の代表者が豆を投げていました。

現在は家族みんなで投げることも多いです。

年男・年女や厄年の人が投げると効果があるともいわれています。

なお、鬼役の人はいなくても構いません。

鬼役を立てる場合、鬼は窓や玄関側に立って、鬼に向かって投げましょう。

豆まきをするときに注意すること

豆まきの注意点は、豆は下の方に向かって投げることです。

高く投げると、窓やドアから豆が外に出る可能性があり、危険ですよね。

外に出た豆を拾い忘れた場合は、ゴミになってしまいます。

鬼役がいる場合も、足元に向けて投げるようにしましょう。

顔や胴に向かって投げると危険です。

また、もともと鬼は夜にやってくるといわれていたので、豆まきは夜にするのが習わしです。

しかし、現在は騒音問題などで近所迷惑になることを考慮して、夜におこなわない場合も増えています。

節分の豆まきは朝廷の宮廷行事だった

節分の豆まきの習わしは、もともと朝廷の宮廷行事としておこなわれていた「追儺(ついな)」という儀式が起源です。

追儺は季節の変わり目に邪気払いをおこなう儀式で、飛鳥時代後期の文武天皇(もんむ てんのう)の時代に中国から伝来しています。

中国では、方相氏(ほうそうし)という呪師がクマの皮をかぶって4つの目のある仮面をかぶって、邪気を追い払う儀式でした。

しかし、日本の追儺は鬼を矛や盾・弓矢などで追い立てるという、日本独自のものになっています。

日本では鬼は邪気の象徴だった

節分 鬼面

追儺が日本で鬼を追い払う儀式に変わったのは、日本では鬼は邪気の象徴だったからです。

そのため、日本では追儺のことを「おにやらい」とも呼んでいました。

追儺は、いつしか武器で追い立てるものから、豆を投げて鬼を追い払うものに変わります。

それがいつ頃かは諸説ありますが、室町時代には庶民の間にも豆まきで鬼を追い払う習わしが定着しました。

神社や仏閣でも行事として豆まきがおこなわれるようになっています。

豆は投げる理由は「魔を滅する」「魔目を射る」など

なぜ、豆を投げて鬼を追い払うのかが気になりますよね。

理由は、豆(マメ)とう音は「魔滅」、つまり「魔を滅する」という言葉に通じるからです。

さらに節分で投げる豆は炒り大豆ですね。

これは、「炒る」は「射る」、「マメ」は「魔目」に通じることから、「魔の目を射る」の意味があるともいわれています。

別の説として、生の豆を投げて拾い忘れた場合、芽が出てくると災いを呼ぶという言い伝えがあるためだという説もありますよ。

また、投げる豆は大豆ですが、大豆は古来より五穀(ごこく)のひとつで、重要な穀物とされていました。

そのため大豆には神霊が宿るといわれていたので、節分で鬼払いのために投げられるようになったといわれています。

地域によっては落花生を投げる

北海道や東北・北陸地方などの一部地域では、節分で大豆ではなく殻付きの落花生を投げる習わしがあります。

これは寒冷地のために、大豆よりも栄養価の高い落花生を投げた方が縁起が良いと考えたからという説が有力です。

また千葉県の一部地域、九州の一部地域も落花生を投げます。

こちらは、落花生の産地だからというのが理由ですね。

さいごに

節分の習わしや行事は地域によってさまざまです。

節分にそばやけんちん汁、クジラなどを食べる地域もあります。

それぞれの地域の習わしに従って節分を過ごしてみてはいかがでしょうか。

節分は1年を無事に過ごすためにおこなう習わしです。

節分で気持ちをリフレッシュして、新たな気持ちで立春を迎えましょう!

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